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 報恩同志会は
 
 公益財団法人報恩同志会は、純然たる修養団体であり、如何なる政治的、思想的、宗教的な団体にも属していません。
 私たちの会は、多くの人々が元気で働き、明るく暮らし、和やかに話し合って、明るい家庭を築くべく努力し合う為の修養団体です。
  
  聴講は無料です。

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「修養」は…健全なる精神が健康な肉体をつくる

   基本
   私たちの教えは、世の中の人々が、日々の暮らしにおいて、意識しないまま犯している人間としての間違いを改め、正しい生き方、考え方に変えていく方法を話し合うものです。
そして重要な点は、教えられた本人が、自身の間違いに気づき、自己反省を行い、教えられた正しい生き方を実行することにより、日本人として、人間としてあるべき姿を、知識としてではなく、身体全体で会得する点であります。

 
   私たちの「教え」の大切なところ
   私たちの会では、自分自身や家族が、精神・肉体を損ねてしまうということは、自分の生き方や考え方の間違い等が原因であると教えられています。
一方、自分の間違いを反省し、正しい生き方を実行することにより、人間としての有るべき姿を体得していけば、時間も空間も超越して、人間として生まれながらに持っていた健全な精神・健全な身体を蘇らせることができると教えられております。
現実にも、多くの会員が、健全な身体へ戻るという体験が数多く産みだされています。

   「元気で明るく和やかに」
  峻厳なる自己反省により「教え」を体得する。
つまり、「教え」を受けた人が、自分の間違いに自ら気づき反省し、正しい生き方を実行して行くことで、元気で働けて明るく和やかな家庭生活を送れるようになると教えられています。
 

   
私たちの目指す日本人としてあるべき姿

   目指している日本の社会
   全ての日本人が心の中に伝統的に持っている道義道徳を、己の人格として備えた人間を育て、夫婦が、家族が、兄弟が、友人が心を合わせ、多くの日本人が、明るく幸せな生活が出来ることにより、節度と責任を重んずる平和な日本国の建設に貢献することを目指しています。

 
   日本人が持っている伝統的な道義道徳
   自分を産み育ててくれた両親に感謝すること。
 兄弟は仲良く励ましあうこと。
 縁あって結ばれた夫婦は末永く敬愛しあうこと。
 学校や社会で交わりを持った友人は信じあうこと。
 人間の生き方として
    間違ったときは自ら反省し、謙虚にやり直すこと。
    自分ひとりでは生きていけないことを知り、思いやりなどの博愛の心を持つこと。
    自分の能力と人格を高めるため、進んで勉強するなど知徳を磨くこと。
    社会人となったら、世のため、人のために尽くすこと。
    国の秩序を保つために必要な憲法や法律などの約束ごとを尊重すること。
    国の平和や安全が危機に陥るような非常事態に直面したら、覚悟を決め、勇気をだして力を尽くすこと。
 美しい道義道徳を伝統として日本を支えてきた先人、先祖を敬うこと。
 


   
報恩同志会の歴史

   創始から現在まで
  私たちの会は、「教え」の創始・完成者である「法運 小林幸太郎先生」と、初めは宗教色も強く、難解な理論の色彩が強かった「教え」を、その神髄・命を失わないまま、子供でも理解できるように、家庭生活の中ある事柄を通した「教え」となるように、平易化を成し遂げられ、同志会を純然たる修養団体として確立された、継承者「法得 武田弥三先生」の両先生を師とし、その後、無形の財産である「教え」を後世に伝えていくため、「教え」の中心は「武田静先生」、「武田武司先生」、「武田章先生」と承継され、令和2年8月10日からは「橋本由平先生」が引き継がれて現在にまで至っています。  
   

   
創始者等について

  
   「教え」の創始、完成者「法運 小林幸太郎先生」
  明治9年10月12日、千葉県印旛郡木下町(きおろしまち)字小林新田に生まれる。
少年時代より思い描いていた、貧困に喘いでいる農民をはじめ、多くの不幸な人々を救うことを 実現するため政治家を目指し、明治時代の大政治家「星亨」の門下生となるも、明治34年に「星亨」が兇刃に倒れたため政界を断念した。
  宗教による国民救済を念願し、明治40年に日蓮宗池上本門寺貫主 第68世 久保田日亀大僧正の在家の弟子となり、難行苦行の修行を重ね、「千葉県清澄寺」(日蓮上人が修行された由緒ある寺にもかかわらず、真言宗の寺院となっていたが、現在は日蓮宗の寺院となっている。)へ「十界曼荼羅」のご本尊を掲げることと、当時皇太子であった大正天皇の病気平癒のため、ご生母である「柳原二位局」ご進講し宮中へ法華経を奉ることを実現し、師匠との二つの約束を成し遂げた。
大正7年に「蜂須賀侯爵家」の上席顧問として迎えられ、北海道において、時代に先駆け、蜂須賀農場での自作農創成、絲屋銀行の預金者救済、空知川堤防の建設、札幌と沼田間(110km)の鉄道札沼線(現在は廃線)敷設を成し遂げられるなど、少年時代からの念願であった農民救済を実現した。
昭和4年に蜂須賀侯爵家上席顧問を離任後、救世的実践活動に入られ、現在まで続く「教え」を通し、多くの人々を導いた。
昭和13年8月10日 ご命日(享年63歳)

   「教え」の継承者「法得 武田弥三先生
  明治23年9月10日 静岡県富士郡今泉村水ノ上に生まれる。
信仰生活を志し、身延山他各地で荒行三昧の修行を行い、大正12年に、信仰の仲間とともに 「国民思想善導・健康国難打倒」を目的として、静岡県富士宮市に「立正結社山下教会」 を設立した。
妻の病死、己の病気に加え、一人息子がマムシに噛まれることが立て続きに起き、長い信仰生活に行き詰まりを感じていたとき、昭和8年5月7日に静岡県富士郡本国寺における修養講演会において、小林法運先生と出会い、長かった信仰生活にピリオドを打ち、小林法運先生の弟子となり「教え」の求道に専念することとなった。
法運先生のご遺言により、昭和13年8月から「教え」の継承者となった後、多くの人々が理解できるよう、「教え」の平易化に努められ、法運先生の遺された「教え」の命を失うことなく、純粋な修養団体への変貌を成し遂げられた。
昭和26年1月24日 ご命日(享年62歳)
     
 
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